合間縫う腑に落ちない音楽

肩透かしのカタストロフィは続く

「世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか」について私が知っている二、三の事柄

「読書文化の普及に貢献するため」とかいう言い訳で表紙を無断転載させる著作権侵害ギリギリの #ブックカバーチャレンジ

1日目は写真論に見せかけて母の喪を語るロラン・バルトだったので、2日目は個人的な記憶に絡めた題材を探してみました。

岡田芳朗さんの「世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか」。赤い文字を大きく使ったブックジャケットのデザインは、なかなかインパクトがあります。

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電通の定年退職者が書いた本

この本は電通を定年退職して悶々としていた岡田さんが、姉の紹介で佐藤久一さんの妹さんに出会い、それをきっかけに久一さんの人生を丹念に追っていくというルポです。

久一さんについては、この本の後日談ともいうべき「世界一と言われた映画館」というドキュメンタリー映画についてDANROに書いたことがあります(新DANROでは公開未定)。

この映画の試写会のときに岡田さんにお会いし、文庫版にサインをしていただきました。岡田さんは執筆のきっかけについて、本書のエピローグでこう書いています。

私は四〇年を越える勤め人生活で、家庭をつくり、住宅ローンを払い、いつの間にか年老いた。(略)私のそうした生き方は別の角度から見れば、自己保身に汲々とし、決断をすべて先送りしてきたともいえる。生きるということを真剣に考えなかった、偽物の人生なのかもしれない。

そんな鬱屈と別の人生への憧れから書かれたこの本は、佐藤久一(さとう・きゅういち)という人物を非常に華麗で魅力的に描いています。

凝った表現はありませんが事実に即して淡々と積み重ねる描写力は、仕事のために何でも書くプロのルポライターのそれを軽く凌駕しています。

特に会話文のカギカッコ内が大人な感じでいい。実際に見てないわけなので多用はしていないんですが、効果的に使っています。

「これは鶏のレバーと牛の骨髄です。練って型に詰めたものを蒸し、ナント風のソースをかけてあります」
「今日のこの魚は、日本海の港をぶらぶらしているときにぱっと目に留まったんです。偶然、この活きのいいヤツにめぐりあいました」

「あーこの人よこの人」

ところで久一さんの実家は「初孫」という銘柄で知られる大きな造り酒屋(旧・金久、現・東北銘醸)で、久一さんに経済的にかなりの支援をしていました。

そもそも「初孫」自体が久一さんの誕生を祝って付けられたくらいですから、それも仕方のないことだったのかもしれませんが、それに甘えてカネに糸目をつけなかった久一さんは、多額の負債を作った責任を問われて店を追われます。

東北銘醸はいまは郊外に移転していますが、以前は街中にあって父の実家と近かったこともあり、上喜元(酒田酒造)は初孫に酒を桶売りしていました。

欲のない祖父は酒田の酒を東京で盛り上げるために「上喜元の名前は出さなくていい。初孫の名前を使え」と言っていました。相馬屋(現・相馬樓)を定宿にしていた吉田健一が愛し、「ル・ポットフー」や「欅」で開高健や丸谷才一や古今亭志ん朝が堪能した初孫の中身は…!?

そんな祖父は久一さんの少し上でしたが(明治45年生まれ。久一さんは昭和5年)、祖父が60代で亡くなった直後に、美人で知られた祖母に毎日会いに来ていた怪しげな男性がいたことを、葬儀後に家を手伝っていた私の母が覚えていました。母はこの本を見て「あーこの人よこの人」と言っていました。

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ル・ポットフーは酒田駅前に再オープン

そんな酒田で、狛江の最狂主婦コマエンジェルや地元の方々に協力してもらい、閉店したキャバレーで公演を打つに至ったのは、佐藤久一と祖父という底が抜けたふたりの享楽主義者たちの魂が私の背中を押したに違いありません。

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岡田さんの本にはル・ポットフーの名物料理「ハタハタの洋風田楽」と、久一さんが桜鱒(サクラマス)を抱えている写真が載っています。

最上川の河口にのぼってきた桜鱒は川マスと呼ばれますが、これが実にうまいんです。バスを貸し切って川マスだけ食べに行くツアーをいつか組みたい。

そういえば旧DANROでハタハタの記事を書いたのだが、もしかしたらいつか再公開されるかもしれません。

なお、ル・ポットフーは酒田駅前の再開発に伴い一時閉店していましたが、2020年11月28日に酒田駅前交流拠点施設「光の湊」にて再オープンしています。これだけ食べに行きたい。

lepotaufeu.com