合間縫う腑に落ちない音楽

肩透かしのカタストロフィは続く

村井瑞枝「図で考えるとすべてまとまる」は自己啓発書より遥かに有用なビジネス書

もうすっかり時間泥棒と化している #ブックカバーチャレンジ の4日目。ところで私の対外的な肩書きは編集者ですが、本音を言うとそのような自己認識は弱い。許されるなら「会社員」と名乗りたいくらいです。

それは会社から給料をもらっているからというより、自分が所属する組織の課題を会社に提起し、その解決のための仕事をするのが役目と考えているからです。

趣味や自己満足ではなく、組織課題ありきでメディア運営のスキルと経験を生かすという位置づけで仕事を捉えていると言い換えてもいいでしょう。

問題解決能力が高い「普通の会社員」

イケハヤ界隈が盛んに「脱社畜」で批判しているように、確かに会社員は会社から命じられたことをするのが基本です。しかし、仮に誰よりも会社の課題について明確に理解し、解決をうまくやれるとすれば、誰にも何も強要されずに仕事ができるはずです。

目指すとしたらそっちの方がよくないですか? 結局は法人からお金をもらってるのに「フリーランスの方が自由」なんて、あんまり信じてない。

そういう広い意味での「問題解決能力」は、記者・編集者よりも、一般の会社員の方が高いんじゃないか、と思うことがあります。

これと比べれば、日本語で文章を書くとか型にはまった文体で書けるとかウラを取るとか、さほど大変なことじゃないんですよ。

むしろ、目の前の人の話を聞いて書くけれども、問題の構造化とか課題の整理を広い視点で行えない記者や編集者(むろん特定の目的やイデオロギーの手段としてしか記事を考えられず、メタレベルな視点のない人も似たようなもの)は、メディアの影響力を正しく使えていない分、かなり罪なのではないかという気がしてなりません。

ということで、村井瑞枝さんの「図で考えるとすべてまとまる」で紹介しているような問題解決のツールは、若いうちに一度は身につけておいてほしいスキルです。

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村井瑞枝「図で考えるとすべてまとまる」

7つの「図の必勝パターン」を身につける

筆者の村井瑞枝さんは、高校を出て辻調で調理師免許を取得した後、海外の大学でアートを専攻。卒業後、経歴のユニークさが買われてJPモルガンに入社し、ボストン・コンサルティング・グループに移ってコンサルタントにスピード出世したという面白い方です(どこかの飲み会で筆者とお会いしこの本を頂戴した)。

本書では、ビジネスパーソンが必要な「図の必勝パターン」を次の7つに整理しています。いずれもデカルトが言ったとされる「困難は分割せよ」を可視化したものといえるでしょう。

1.因数分解(モノゴトを分解して考える)
2.マトリックス(モノゴトを分類して考える)
3.表(頭を整理する)
4.比較(良いものを際立たせる)
5.線票(時間を可視化する)
6.コンセプト(アイデアをシンプルに伝える)
7.プロセス(モノゴトの流れを捉える)

2番目の「マトリックス」は縦軸と横軸で区分けされた4象限でモノゴトを分類する手法です。ここで本の図を転載するとネタバレで著作権侵害になってしまうので、別の角度から内容について語ると、100円ショップのダイソーが作っている「SMART WORKING」シリーズは、マトリックスを作るのにとても便利です。

nemumimax.com

このノートの表表紙の裏面には、この「マトリクスノート」の使い方の例示が載っています。

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「SMART WORKING」シリーズ

「構造を見ないトピック」は混乱を増やすだけ

本当は記者や編集者の人たちも、これくらいはマスターした方がいいと思うのですが、その一方で「全体構造(ストラクチャー)で書くと記事が面白くなくなる」という側面もあるのが悩ましいところです。

小さなトピックにネタを絞り込み、深く掘り下げて書いた方が記事は面白くなる。記事の成否は「ネタ8割」と言われるのはそういう理由です。

でも、例えばタレコミなどを受けて、政府の支援の網から外れてしまった「例外中の例外」の悲惨なケースを取材し、政府の失策や非情さを訴えるのに利用するのって、実は犠牲者を悲惨ポルノのネタとして消費しているだけで終わることも少なくないわけですよ。それによって制度が変わらなければなおさら。

本来は政府が縦糸と横糸の政策で救済しようとしているときに、こういう斜めの糸を入れると救われる人が増えますよ、といった建設的な提案につなげることが理想じゃないですか。

そういう現実を取材して典型的なトピックを押さえつつ、政策アジェンダ(議題/課題項目)に組み入れさせることで救われない人を減らすのが社会の木鐸(世人に警告を発し、教え導く人)たるマスコミの仕事でしょう。

でも実際には、政府批判が目的化しているようなメディアは、悲惨ポルノが減っては飯の種に困ると言わんばかりに「構造を見ないトピック」だけで記事を生み出して混乱を増やしていくんですね。

そういうところに「マスゴミ」と批判される根があるように思えてなりません(個人的には商法改正による「三角合併」解禁延期にマスコミが果たした役目が忘れられない)。

決断以前の問題を片付けるために

――と、横道に逸れてしまいましたが、どうせビジネス書を読むなら自己啓発書なんか全部捨てて、こういう便利な基本ツールを学び、自分が直面する具体的な問題課題にあてはめて使ってみるほうがずっとマシです。

もちろん、使ってみれば分かりますが、難しい問題にぶつかれば「どんな問題にも通用する万能の解決スキル」などなく、最終的には決断が必要ということが分かります。

しかし、そういう「決断」でしか解決できない問題に行き着くまでに、あるいは決断以前の問題をサッサと片付けるために、こういうツールはもっと使われていいのではないかと思います。