考えてみればブログの名称自体がキリンジ由来なのだから、もっとキリンジについて書いておくべきだった。とはいえ、キリンジマニアは世にたくさんいるだろうから、「これは絶対に聴いておきたいTOP10」に加え、とりあえずもう1本くらい書いて少し様子を見ようと思う。
1.fugitive
私のキリンジ史観はすでに書いたように、「兄が作ったエロい歌を、歌のうまい弟に無理やり歌わせるプロジェクト」であった。では、弟が脱退した後はどうなるのか。
兄自身が歌うか、だれか他の人に歌わせるしかない。
兄はバンドメンバーに、すでに実績のあるコトリンゴを呼んだ。そして弟脱退後初のアルバムである「11」(2014.8)で、彼女に淫靡なエロソングを歌わせることに成功している。
刑事さん/変わり果てた私を/刑事さん/鑑識が始まるまで/抱きしめていて
この曲を作ったとき、兄はおそらく刑事さんを「高樹さん」と呼ばせるつもりだったのではないか。(ex.高樹さん→コージュさん)
なお、この曲はリアレンジ・アルバム「EXTRA-11」(2015.11)にも所収されているが、個人的にはオリジナルのゴージャスなサウンドの方が好きだ。完成度も異常に高いと思う。
言うまでもないが、コトリンゴは2017年12月にバンドからいち早く脱退している。2016年11月に映画「この世界の片隅に」の音楽を担当するなど多忙を極めたからという理由だったと思うが、そもそも彼女をバンドに引き込めたこと自体が奇跡的なことで「うちゅうひこうしのうた」とともに長く記憶にとどめておきたい。
2.The Great Journey feat. RHYMESTER
12thアルバム「ネオ」(2016.8)所収。高樹は「満室! Tonight どこも満室!」と叫んでいる。これを「エイリアンズ」と同じバンド名でやるところが、すさまじい自己変革というかなんというか。
あと、この曲はライムスター抜きのキリンジバージョンもあって、味があってとても素晴らしい。
3.時間がない
13thアルバム「愛をあるだけ、すべて」(2018.6)所収。コトリンゴを脱退させてしまった高樹は焦る。あと何回、君と会えるか、と。
シラナイコト/ヤリタイコト/タクサンアルノ
中間部のリフを聞いて、その飽くなき好奇心にあきれ返るとともに、限界全裸中年男性としては、そうだそうだよとじんわり励まされる。もしかすると、とんでもない名曲なのかもしれない。「愛をあるだけ、すべて」、まさに。
YouTube動画に英語のコメントが異様に多いのが興味深い。
4.killer tune kills me feat. YonYon
14thアルバム「cherish」(2019.11)所収。バンド化以降、献身的な貢献をしてきたギターの弓木英梨乃がメインヴォーカルをとり、そこにYonYonの韓国語ラップとヴォーカルをフィーチャー。
女性ヴォーカルに歌わせているけど、例外的にエロソングではない。弓木さんを単独のアイドルとしてプロデュースしたような味わい。素晴らしいサウンド。
他の曲では「やっぱ弟と一緒のころが懐かしい」とか書く人がいたものだが、この曲以降はほとんど見られなくなった。3年で300万再生はKIRINJIには多い方だが、もっと多くていいと思う。
この後、2020年12月初旬にバンド体制でのラストライブ「KIRINJI LIVE 2020」を2日開催し、8年のバンド体制活動に終止符を打つ。
5.爆ぜる心臓 feat. Awich
ソロプロジェクト初となる15thアルバム「crepuscular」(2021.12)所収。映画「鳩の撃退法」主題歌。沖縄出身のラッパーAwich(エイウィッチ)をフィーチャー。
YouTubeのコメント「解散するたび加速する堀込高樹なんなん」
6.再会
「crepuscular」からもう一曲。高樹は斜に構えているように見えて、本当に愛を求め飢えているんだなとしんみりする曲。「kirinjiは時代と人々と共に生きているね」というYouTubeのコメントにうなずく。
7.Rainy Runway
19th配信限定シングル(2022.6)。矢継ぎ早に新曲をリリースする高樹氏。インタビューではこんなことを言っていて、とても刺激になる。
「よく思うのは、僕らくらいの年齢のアーティストって、今ここで、じっくり腰を据えて、みたいなことをやっていると、1、2年くらいすぐ経っちゃうんですよ」
「一度据えたら、なかなか立てないですから(笑)。なので、〈僕は腰を据えないようにしよう〉と思ったんです」
さて、ここまでで最新アルバムにたどり着いてしまったので、それ以外の曲から。ここからは「弟脱退後」ではなく「参加作品」ということになる。
8.乳房の勾配
当時新進気鋭と呼ばれた11人のプロデューサーによるオムニバスアルバム(コンピレーションCD)「Pro-File Of 11 Producers Vol.1」(1998)より、冨田恵一 feat. キリンジによる名曲。おそらくこの時期に、冨田氏とキリンジは出会っている。
体だけさ それが目当てなんだ 悪いかい?
という歌い出しが、まさに「兄が作ったエロい歌を、歌のうまい弟に無理やり歌わせるプロジェクト」というキリンジのコンセプトそのもの。
なお、多くの人を感心させている「あたためられた歯」は、高樹オリジナルではなく、山田詠美の小説に出てくる表現だったはずだが、手元に本がないので確認できない。「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」だったのではないか。
なお、ライブ動画もあるが、こちらには泰行に「無理やり歌わせる」感がなく、嬉々として歌っているのが新鮮である。個人的にはやや物足りないが笑。
9.陽の当たる大通り
ピチカート・ファイヴの人気曲を、ピアノとコーラスで大胆に編曲。原曲に潜む壮絶な孤独感を見事にあぶり出している。
逆に軽薄さを仮装した原曲に、ここまでの深遠な世界があったのかと驚かされる。この一曲だけでも、キリンジは後世に残ったのではないか。
10.それもきっとしあわせ
鈴木亜美 joins キリンジとしてリリース(2007.3)。作詞作曲は高樹。
歌いたい歌がある/私には描きたい明日がある/そのためになら/そのためになら/不幸になってもかまわない
という歌詞が当時は衝撃的で、当時はそれを歌った鈴木亜美の腹のくくり方がすごいと思っていた。
しかしいまになると、この年になっても最新ヒットソングに埋もれないサウンドを模索して作品を量産し続ける堀込高樹の姿そのものに見えてくる。
ということで、異論があるなし以前に、堀込高樹自身がいまだに猛スピードで突っ走っている中で、ベストだのなんだの言っている場合ではないだろう。