合間縫う腑に落ちない音楽

肩透かしのカタストロフィは続く

BBC「Proms」の過去の演奏会で最も視聴されているYouTube動画は何か?

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前回、プーランクの動画を探索する過程で、「BBC Proms」の動画をピックアップした。その後、ふと確かにイギリス人は、クラシック音楽のエンタメ化に成功していることに気づいた。

プロムスの解説はWikipediaに譲るが、要するにBBCがスポンサーになったプロムナード・コンサートのことで、その歴史は1895年からと古い。

プロムスを企画したロバート・ニューマンの考えは、「通常はクラシック音楽のコンサートを訪れないような人々も、チケットが安く、より親しみやすい雰囲気であれば魅力を感じてくれるのではないか」、というものだった。こうして当初は「Promenading(歩き回る)」だけでなく、飲食および喫煙がすべて自由とされた

ベートーヴェンを生まなかった国の楽しみ方

イタリア人には、イタリア・オペラをあらためてエンタメ化する必要がない。クラシック音楽がそのままの形で、彼らのエンタメになっているのだ。ドイツ人にとってのベルリン・フィル、オーストリア人にとってのウィーン・フィルも、そうやって機能しているに違いない(国民全員にとってかどうかは分からないが)。

しかし、ベートーヴェンやプッチーニ、ラヴェルのような超大作曲家を生み出さなかったイギリス人にとって、クラシック音楽というのは日本人と同じように、やはりひとつ敷居の高いものではないか。だからこそPromsという場を作って、わざわざカジュアルなファッションで聴きに集まっているのだろう。

ただ、イギリス人にはエルガーという有名作曲家がいる。その彼の「威風堂々」がPromsのテーマ曲のようになっているのが、イベントとして非常にうまく構成されていると感じる(もともとイギリスの第2国歌のように扱われている曲なのだが)。

Promsでは古典的なクラシック音楽だけでなく、現代音楽や映画音楽、子どものためのコンサートなどがあり、かなり幅広く多彩なオーケストラ音楽が取り上げられている。John Williamsの音楽なんかは分かりやすいし、深い感動は別として(個人的にはまったく興味はわかないが)会場は熱狂的に盛り上がる。

視聴回数No.1の演奏者は日本人

例によって「BBC Proms」でYouTubeを検索し、視聴回数で並べ替えをしてみると、意外なことが分かった。最も視聴されている動画は、威風堂々でも映画音楽でもない。何と日本人が演奏しているのだ。

Rachmaninoff: Piano Concerto no.2 op.18 Nobuyuki Tsujii blind pianist BBC proms

盲目のピアニスト、辻井伸行さんによる、ラフマニノフのピアノコンチェルト第2番だ。この記事の執筆時点の視聴回数は788万回、いいね!は2.5万回にのぼる。クラシック音楽の動画としては異例の多さだ。

コメント欄を見ると、やはり日本人によるものが目につく。ざっと見ると、普段はクラシック音楽を聴いていないが、この動画に感動したという人が少なくないように見受けられる。浅田真央のフィギュアスケートのBGMとして使われていたことで知って、この動画を見た人もいるようだ。

多くの人が高い評価を加えている動画に、いまさら自分の感想を述べることはしない。ただ、この演奏で初めてラフマニノフを聴き、その甘くとろけるロマンチックな音楽に魅了されたという人もいるだろう。そのきっかけに、辻井さんや浅田さんがなったということだ。

ラフマニノフ、特にピアノコンチェルト第2番は、古い映画音楽にも使われていたほど、クラシック音楽の中でも、例外的といえるくらい甘く分かりやすい曲ではある。それでも、何のきっかけもなければ聴く機会がなかった人はいるはずだ。

辻井さんだから、辻井さんが盲目だから感動したわけではないとは思う。しかし、健常者のおじさんピアニストが辻井さんとまったく同じ演奏をしたとしても、ここまで感動を呼ぶことはなかったのではないだろうか。

「ニュース性」を加えてエンタメ化する

そういう意味では、聴き始めるきっかけがある、集中して聴いてしまうきっかけがあることは、クラシック音楽のエンタメ化には欠かせない要素になる。クラシック音楽のスタイルはそのままにしつつ、そこに「ニュース性」(新奇性、話題性)を加えることで、一気にエンタメ化することもあるということだ。

クラシック音楽をカジュアルに楽しむためのイベントといえば、プロムスの他に、西フランスの港町ナントが発祥の「ラ・フォル・ジュルネ」がある。こちらは1995年と創設が遅いが、東京でも2005年から毎年GWに行われているなど世界的に広がりをもったイベントだ。

イベントのホームページには、特徴としてこんな点が挙げられている。

世界中から一流アーティストが集結!
朝から晩までコンサートを繰り広げ、誰もがクラシック音楽を心から楽しむ「音楽祭」
◎1公演約45分で、いくつものプログラムを気軽にハシゴできる!
◎一流の演奏が低料金で楽しめる!
◎無料イベントも盛りだくさん!
◎赤ちゃんからクラシックファンまで老若男女誰でも楽しめる!
◎街全体が音楽であふれた「お祭り」ムード一色に!

なお、東京では有楽町の東京国際フォーラムが会場になっている。いろんな音楽をまとめて聴くにはとてもいいアイデアだと思う。ただ、プロムスにおけるロイヤル・アルバート・ホールのような素晴らしいメイン会場が、丸の内か日比谷あたりにあればいいのになとは思う。

また、現状ではコンサート動画が上手に編集されてYouTubeに流されていないのが残念だ。唯一発見できたのは、マックス・リヒターがリコンポーズしたヴィヴァルディの四季を、庄司紗矢香がソリストとして演奏した動画だ。

これは、ラ・フォル・ジュルネ東京の演奏会をなぜかarte concertoが編集・配信したものを、個人が勝手にコピーして流しているもののようだが、曲も面白いし、演奏も超一流だ。こういった貴重な演奏は、公式ページからYouTubeで見られるようにしてもらえるとありがたい。